So-net無料ブログ作成
検索選択

桜玉吉とつげ義春を比較すると?(其の壱) [桜玉吉とつげ義春]

ダ・ヴィンチ電子ナビで、「『週刊文春』連載開始でまさかの大ブレイクの予感!伝説のマンガ家・桜玉吉とは何者なのか?」ともてはやされていたので、元祖伝説のマンガ家・つげ義春と比較してみたいと思う。
以降の記述は『桜玉吉のかたち』、『つげ義春とぼく』、Wikipediaを参考にしました。

■出生~少年期
◇桜玉吉
1961年に都庁職員の父、教師の母との長男として出生した。兄弟は後にイラストレーターとなる姉一人の2人兄弟。
◇つげ義春
1937年に板前の父、女中の母との間に4人兄弟の次男として出生した。兄一人、姉(夭折)、後に漫画家となる弟一人の兄弟構成。なお、母が再婚後に妹をもうけている。父とは5歳で死別。
【まとめ】
父が定年まで都庁職員を勤め、安定した収入があったであろう桜玉吉。対照的に5歳で父と死別し、戦後は小学生でありながら闇市で生計を立て中学にも進学せず、メッキ工場で働いたつげ義春。時代背景もあるにせよ、人生のスタート地点において桜玉吉は恵まれていた。

■青年期
◇桜玉吉
都立芸術学校卒業後、美術予備校で一年間浪人し、多摩美術大学に進学・中退。『桜玉吉のかたち』に学生時代の写実的なイラストが収録されている。素人目だが、その腕前は驚くばかりで漫画家としての地歩を着実に固めた。大学進学後は、在学中からイラスト会社で仕事をはじめる。
◇つげ義春
小学生時代から赤面恐怖症、更には対人恐怖症のノイローゼであり、一人で生活できる仕事として漫画家の道を選んだ。
【まとめ】
絵を描くのが好きだったという点では共通しているが、学校で本格的に絵の勉強をした桜玉吉とは対照的に、つげ義春は独学で腕を磨いた。桜玉吉はイラストレーターとして生活の目処が立ったため、21歳で大学中退。一方で、つげ義春は18歳で漫画家デビューを飾るも、生活の目処が立たず売血や電気の笠張りの内職などで糊口をしのいだ。

■若手漫画家として
◇桜玉吉
1986年、25歳にして『ファミコン通信』創刊と同時に『しあわせのかたち』連載を開始。ゲーム情報誌といえば徳間書店の『ファミリーコンピュータMagazine』一強の時代で、桜玉吉自身、8年間も続く長期連載になるとは思っていなかった。他にも『のんきな父さん』、『マリオの大冒険』、『ブロイラーおやじFX』を連載。
◇つげ義春
1965年、28歳にして『月刊漫画ガロ』で作品の掲載を始め、相前後して水木しげるのアシスタントとなる。1977年刊行の『つげ義春とぼく』の中で、つげ義春が「現在でも水木プロの仕事は続いている」と語っているので、少なくとも10年程度は水木しげるのアシスタントだったようだ。
【まとめ】
『しあわせのかたち』が短期間で連載終了しても生活できる素振りの桜玉吉。対して水木しげるのアシスタントとして安定した収入を得られる様になったつげ義春。立場の違いはあれど、両氏ともに30歳を前に社会人として安定期に入った頃だ。

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 雑誌



nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:コミック

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。