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桜玉吉とつげ義春を比較すると?(其の肆) [桜玉吉とつげ義春]

ダ・ヴィンチ電子ナビで、「『週刊文春』連載開始でまさかの大ブレイクの予感!伝説のマンガ家・桜玉吉とは何者なのか?」ともてはやされていたので、元祖伝説のマンガ家・つげ義春と比較してみたいと思う。
以降の記述は『桜玉吉のかたち』、『つげ義春とぼく』、Wikipediaを参考にしました。

■ベテラン漫画家として
◇桜玉吉
1997年、36歳で鬱病を発症してから休筆、復帰を繰り返す。2007年、46歳で重篤となり、ホームベース的な月刊コミックビームでの連載を休止し、長期休筆に入る。仕事は週刊ファミ通で4コマ漫画『読もう!コミックビーム』、週刊アスキーで4コマ漫画『ゲイツちゃん』の執筆。2002年年末に購入した伊豆別荘のローン、調布の自宅維持、仕事場の家賃、(場合によっては娘の養育費)、当座の生活費を捻出するためにヤフオクなどで、金銭を得る。漫画家としての本格復帰は絶望的かに思われたが、2011年の東北大震災と前後して漫画喫茶で執筆を再開し、コミックビームに読切り作品を断続的に掲載。2013年11月、52歳でそれまでの読切り作品を収録した新刊『漫喫漫玉日記 深夜便』が刊行され、つづけて『漫喫漫玉日記 4コマ便』が発売される。4年ぶりの新刊でもあり、桜玉吉の根強いコアなファンに支持され、予想以上に売れる。
◇つげ義春
1987年、50歳でノイローゼが慢性化し、漫画家としては無期限休筆状態に入る。1990年以降、『無能の人』、『ねじ式』などが映画化され、それに伴い書店に再刊本、全集、文庫本が並ぶ。
【まとめ】
桜玉吉は読切り作品とはいえ、52歳で漫画家復帰。つげ義春は50歳で、無期限休筆。とはいえ、つげ義春も彼のファンである映画監督や俳優により、作品が映画化され、つげを知らない世代に再認識され、本が売れるという流れはあった。私自身も90年代に大手書店のつげ義春コーナーで、初めて彼の本を買った世代である。

■現在
◇桜玉吉
2014年3月で53歳になる。一時期の鬱病は完全とはいわないまでも、快方に向かっているのは確かで、連載の有無はともかく、月刊コミックビームで読切りが続くと思われる。又、2013年『週刊文春』9月5日号から、『日々我人間』の連載が開始された。個人的には玉吉の再認識、新規ファン層の開拓を願うばかりだ。
◇つげ義春
2014年4月で77歳になる。1999年の妻との死別、本人の身体的な衰えもあり、漫画家としての復帰はないだろう。だが、『芸術新潮』2014年1月号で、特集が組まれるなど、まだ彼に対する関心は高い。また、偶然とはいえ、桜玉吉と同じく調布市民でもあり、たまに桜玉吉が目撃談を4コマ漫画で報告しているのが微笑ましい。
【まとめ】
個人的には、桜玉吉とつげ義春が対談してくれたら面白そうだなーって思ってます。つげ先生はお元気で、玉吉には1年でも長く漫画家を続けてほしいと願ってます。漫画を描かないと貧乏になって、精神的に不安定になるっていうのは、別に漫画家に限った話じゃなくて、サラリーマンにそのまま当てはまる話だよなーってつくづく実感します。

以上

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 雑誌



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桜玉吉とつげ義春を比較すると?(其の参) [桜玉吉とつげ義春]

ダ・ヴィンチ電子ナビで、「『週刊文春』連載開始でまさかの大ブレイクの予感!伝説のマンガ家・桜玉吉とは何者なのか?」ともてはやされていたので、元祖伝説のマンガ家・つげ義春と比較してみたいと思う。
以降の記述は『桜玉吉のかたち』、『つげ義春とぼく』、Wikipediaを参考にしました。

■中堅漫画家として
◇桜玉吉
1994年、33歳の時に『しあわせのかたち』終了。理由は玉吉本人から連載終了の要望が出されたため。背景には、連載を複数抱えオーバーワーク気味だったため。連載終了後、数ヶ月の休養を経て『週刊ファミコン通信増刊ファミコミ』で『トル玉の大冒険』、つづいて1995年から『月刊コミックビーム』で『漫玉』シリーズの連載開始。2007年に鬱病が重篤になるまで、連載・休載を繰り返す。ゲームのパロディを中心とした作風は、『しあわせのかたち』後期から絵日記漫画に移行し、現在に至る。
◇つげ義春
1967年、30歳の時に代表作『李さん一家』、『紅い花』を発表する。特に『李さん一家』のオチは『うる星やつら』で模倣されるなど、後の漫画家に大きな影響を与えた。またこの年に初めての一人旅として東北の温泉めぐりを経験している。更に翌年には最高傑作であろう『ねじ式』を発表する。1970年、33歳にしてつげブームが起こり、生活に安定感が増す。しかし、その蓄えも長くは続かず、1985年、48歳で『無能の人』を発表するまで、持病のノイローゼ、家計の不安定は続いた。
【まとめ】
33歳という歳は、桜玉吉にとって『しあわせのかたち』の連載終了を意味し、つげ義春にとってつげブームの到来という節目になった。とはいえ玉吉は継続して『防衛漫玉日記』、『幽玄漫玉日記』、『御緩漫玉日記』の『漫玉』シリーズを描き続け、別荘まで購入した。対してつげ義春は寡作な性格とも相まって、作品の評価に対する金銭的な対価に恵まれなかった。又、36歳で鬱病を発症した玉吉、38歳でノイローゼが進行したつげには、根拠のない因縁を感じる。また両氏に共通していえるのは、40歳前後で漫画家を辞めようと考えたことだ。結果、漫画を描く以外に身を立てれないと気づかされる。漫画を描くのは嫌だけど、描かないと貧困になり、体調の悪化を招くという因果な身の上になってしまった。

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/12/25
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桜玉吉とつげ義春を比較すると?(其の弐) [桜玉吉とつげ義春]

ダ・ヴィンチ電子ナビで、「『週刊文春』連載開始でまさかの大ブレイクの予感!伝説のマンガ家・桜玉吉とは何者なのか?」ともてはやされていたので、元祖伝説のマンガ家・つげ義春と比較してみたいと思う。
以降の記述は『桜玉吉のかたち』、『つげ義春とぼく』、Wikipediaを参考にしました。

■結婚・子供
◇桜玉吉
1989年、28歳で3歳年上の女性と結婚。出会いは六本木のディスコ。当時、奥さんはコピーライターで年収は桜玉吉より多かった。1993年に娘を授かるが、8年間の結婚生活を経て1997年に離婚。娘は奥さんが引き取った。
◇つげ義春
1975年、38歳で4歳年下の元女優藤原マキと結婚。同年、一男をもうけるもマキは1999年他界。
【まとめ】
桜玉吉は離婚した年に鬱病を患っている。離婚が原因での鬱病なのか、鬱病が原因での離婚なのかは不明だ。ちなみに『しあわせのかたち』第5巻初版のコミックカバーの裏には奥さんの筆跡で「悪妻」とのサインがある。離婚後も揃って娘の運動会に参加したり、お互いの近況を連絡するくだりが玉吉の作中にもあるため、険悪なムードでの離婚ではなかったようだ。娘さんに関しては『読もう!コミックビーム』や『御緩漫玉日記』でも親子として仲睦まじい姿が描かれている。
8年間で終わった玉吉の結婚生活に相対してつげ夫婦は奥さんの他界まで続いた。夫婦なりの葛藤はあったが、お互いに過去のことには触れないとの不文律が功を奏したのかもしれない。竹中直人主演で映画化されたつげ義春の漫画『無能の人』の主人公はつげ本人がモデルともいわれ、子供を含めた家族3人の間柄が偲ばれる。

■死生観
◇桜玉吉
玉吉には十代の頃から死後、自分の存在はこの世から未来永劫わすれ去られたいという思いがあった。従って灰は太平洋に散骨してほしいといっている。鬱病が高じると自殺願望が頭をよぎるが、守るべき家族があるといい思いとどまっている。但し、鬱病時の心境を描写した家族とは、娘ではなく両親の姿だった。
◇つげ義春
25歳の時、自殺未遂をしている。それすら漫画にしている。飲酒後、睡眠薬を80錠ほど服用したが、直前に飲食を共にしていた同居人が異常を察知し、事なきを得た。25歳といえば、家賃もロクに支払えず、困窮していた時期だ。
【まとめ】
共に鬱病経験者であり、自殺願望はあった様だ。奇しくも『漫画家』、『欝病歴』、その他の『温泉好き』、『隠棲願望』などが両者をダブらせて見せる要素になっている。

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2013/12/25
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桜玉吉とつげ義春を比較すると?(其の壱) [桜玉吉とつげ義春]

ダ・ヴィンチ電子ナビで、「『週刊文春』連載開始でまさかの大ブレイクの予感!伝説のマンガ家・桜玉吉とは何者なのか?」ともてはやされていたので、元祖伝説のマンガ家・つげ義春と比較してみたいと思う。
以降の記述は『桜玉吉のかたち』、『つげ義春とぼく』、Wikipediaを参考にしました。

■出生~少年期
◇桜玉吉
1961年に都庁職員の父、教師の母との長男として出生した。兄弟は後にイラストレーターとなる姉一人の2人兄弟。
◇つげ義春
1937年に板前の父、女中の母との間に4人兄弟の次男として出生した。兄一人、姉(夭折)、後に漫画家となる弟一人の兄弟構成。なお、母が再婚後に妹をもうけている。父とは5歳で死別。
【まとめ】
父が定年まで都庁職員を勤め、安定した収入があったであろう桜玉吉。対照的に5歳で父と死別し、戦後は小学生でありながら闇市で生計を立て中学にも進学せず、メッキ工場で働いたつげ義春。時代背景もあるにせよ、人生のスタート地点において桜玉吉は恵まれていた。

■青年期
◇桜玉吉
都立芸術学校卒業後、美術予備校で一年間浪人し、多摩美術大学に進学・中退。『桜玉吉のかたち』に学生時代の写実的なイラストが収録されている。素人目だが、その腕前は驚くばかりで漫画家としての地歩を着実に固めた。大学進学後は、在学中からイラスト会社で仕事をはじめる。
◇つげ義春
小学生時代から赤面恐怖症、更には対人恐怖症のノイローゼであり、一人で生活できる仕事として漫画家の道を選んだ。
【まとめ】
絵を描くのが好きだったという点では共通しているが、学校で本格的に絵の勉強をした桜玉吉とは対照的に、つげ義春は独学で腕を磨いた。桜玉吉はイラストレーターとして生活の目処が立ったため、21歳で大学中退。一方で、つげ義春は18歳で漫画家デビューを飾るも、生活の目処が立たず売血や電気の笠張りの内職などで糊口をしのいだ。

■若手漫画家として
◇桜玉吉
1986年、25歳にして『ファミコン通信』創刊と同時に『しあわせのかたち』連載を開始。ゲーム情報誌といえば徳間書店の『ファミリーコンピュータMagazine』一強の時代で、桜玉吉自身、8年間も続く長期連載になるとは思っていなかった。他にも『のんきな父さん』、『マリオの大冒険』、『ブロイラーおやじFX』を連載。
◇つげ義春
1965年、28歳にして『月刊漫画ガロ』で作品の掲載を始め、相前後して水木しげるのアシスタントとなる。1977年刊行の『つげ義春とぼく』の中で、つげ義春が「現在でも水木プロの仕事は続いている」と語っているので、少なくとも10年程度は水木しげるのアシスタントだったようだ。
【まとめ】
『しあわせのかたち』が短期間で連載終了しても生活できる素振りの桜玉吉。対して水木しげるのアシスタントとして安定した収入を得られる様になったつげ義春。立場の違いはあれど、両氏ともに30歳を前に社会人として安定期に入った頃だ。

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

芸術新潮 2014年 01月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/12/25
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